ゴリラが笑うとき

群れで暮している霊長類には、「サルの笑い」と呼ばれる表情があります。これは、弱いサルが強いサルと出会ったとき、攻撃を受けないために歯をむき出して見せる表情です。決して楽しいのではなく、むしろおびえている心の状態を現わしています。強いサルは、自分より弱いことを認めてくれれば、おどす必要はないのでけんかはおきません。だから、「サルの笑い」は強いサルから攻撃されないためのサインと考えられているのです。

でも、ゴリラには「サルの笑い」はありません。たとえ体の小さなメスや子どもであっても、自分が弱いことを示すような態度をとらないからです。ゴリラは互いに対等な関係を保ってつきあうことが好きなのです。

ゴリラが笑うのは遊ぶときです。だれかが他のゴリラに近づいて遊びを誘うと、口の両はしがゆるんで歯が見えます。これがゴリラの微笑です。おそらくこれから始まる遊びの楽しさを察知して思わず楽しくなるのでしょう。笑いは遊びを受け入れるサインとなり、たちまち追いかけっこやレスリングが始まります。すると、どこからともなく笑い声がもれ聞こえてきます。ぐこぐこぐこぐこという、腹の底からわきあがってくるような声です。「あぶくのような声」とも言われています。実際お腹を抱えて笑うこともあります。私は笑っているときにゴリラのお腹に手を当ててみたことがありますが、声に合わせてぼこぼこと腹が振動していました。ゴリラは口で笑うのではなく、お腹で笑うのです。

ゴリラは仲間と触れ合うことが大好きで、前に飛び出たお腹を突き合わせたり、組み合ったり、ふざけてかみ合ったりして遊びます。こんなときに、笑い声は大きくなり、とても心地よさそうに響きます。笑い声に誘われて、ほかのゴリラが遊びに加わることもあります。そして、おとなのゴリラも低い声で笑うのです。おとなが楽しそうに笑う動物は、人間以外にゴリラとチンパンジーしかいません。人間の笑い声も、きっとゴリラのように遊び心から発達したのだろうと思います。

◇プロフィール

山極 寿一(やまぎわ じゅいち)
1952年東京生まれ。
京都大学理学部卒、同大学院理学研究科博士課程修了。
理学博士。
カリソケ研究センター客員研究員、(財)日本モンキーセンター・リサーチフェロー、京都大学霊長類研究所助手を経て現職。
1978年からアフリカ各地でゴリラの野外研究を行っている。
著書に『ゴリラ図鑑』(文渓堂)、『ゴリラ』(東京大学出版会)など。